自治体や消費生活センターでは、住民向けにさまざまな消費者教育が行われています。

悪質商法や特殊詐欺の事例を紹介し、どのような手口があるのか、何に注意すればよいのか、被害に遭ったときにはどこへ相談すればよいのかを伝える。

こうした知識は、消費者トラブルを防ぐために欠かせません。

一方で、講座の目的をもう一歩先まで考えると、別の問いが出てきます。

実際に怪しい電話やSMS、訪問に遭遇したとき、参加者は適切に行動できるだろうか。

知識を持っていることと、その場で行動できることは、必ずしも同じではありません。

そこで今回は、一般的な「高齢者向け消費者トラブル防止講座」を題材に、ACWD(Action-Centered Workshop Design)で講座全体を再設計してみました。

テーマや専門知識を変えるのではありません。

変えるのは、講座設計の出発点です。

「何を教えるか」ではなく、「講座を受けた人に、何ができるようになってほしいか」から考えていきます。

今回設計するのは、60分の消費者トラブル防止講座

今回の事例では、次のような講座を想定しました。

対象は、おおむね65歳以上の地域住民20〜30名。所要時間は60分で、自治体の消費生活センター職員や消費生活相談員が講師を務める対面型の講座です。

ACWDが担うのは、消費者問題についての専門知識そのものではありません。

専門知識と講師は、すでに自治体側に存在しているという前提です。

その知識を、

「参加者が実際の場面で使える判断や行動へ、どう変換するか」

を設計します。

今回設定した参加者側の目的は、

「消費者トラブルにつながる場面に遭遇した際、被害を防止・軽減するための適切な対処ができるようになること」

です。

自治体側の目的は、

「市民の消費者被害を防止・軽減すること」

です。

この二つは、ほぼ同じ方向を向いています。

だからこそ、「何を知ってもらうか」だけではなく、「最終的にどんな行動ができれば目的を達成できるのか」まで考える意味があります。

一般的な講座では「何を伝えるか」が骨格になりやすい

消費者トラブル防止講座を考えると、たとえば次のような構成が考えられます。

  1. 還付金詐欺について説明する
  2. SMSを使った詐欺について説明する
  3. 訪問販売のトラブルについて説明する
  4. それぞれの注意点や対処法を伝える
  5. クーリングオフや相談窓口について説明する
  6. 消費者ホットライン188を紹介する

こうした構成は比較的よくみられる標準的な構成と言ってよいでしょう。

必要な知識を分かりやすく整理して伝えることは、講座として重要な役割です。

ただ、この構成を別の角度から見ると、

「参加者に何を伝えるか」

を基準に講座が組み立てられていることが分かります。

そこでACWDでは、最初の問いを変えます。

「60分で何を説明するか」ではなく、

「60分後、そして実際にトラブルへ遭遇したとき、参加者に何ができるようになってほしいか」

から逆算します。

ACWDでは「何を教えるか」から始めない

今回、参加者にできるようになってほしいことを検討していくと、一つの問題に行き当たりました。

「詐欺を見抜けるようになる」

という目標は、本当に適切なのだろうか。

消費者トラブルの手口は変化します。

実在する自治体や企業、サービスを装うこともあります。

電話やSMSを受け取ったその瞬間に、それが本物なのか偽物なのかを完全に判断することは簡単ではありません。

そこで今回の講座では、すべての手口を見抜けるようになることを目標にしませんでした。

代わりに設定したのが、

「保留する・確かめる・相談する」

という三つの標準行動です。

怪しい、よく分からない、本物かもしれない。

そんなときに、その場で無理に答えを出す必要はありません。

  1. まず保留する
  2. 相手から示された電話番号やリンクではなく、別の信頼できる方法で確かめる
  3. それでも判断できなければ、一人で決めずに相談する

参加者が覚えるべき中心メッセージも、できるだけ単純にしました。

怪しい。分からない。そんなときは「保留する。確かめる。相談する。」

「詐欺を見抜く」ことをゴールにしない

この設計で重要なのは、「詐欺について詳しくならなくてもよい」という意味ではありません。

必要な知識は提供します。

ただし、知識の役割を変えています。

一般的な講座では、

「このような詐欺があります」

「こういう特徴があります」

「だから注意してください」

という順序になりやすいでしょう。

今回の講座では、参加者が最初にケースへ向き合います。

たとえば、こんな電話です。

「市役所の保険課です。払い過ぎた保険料があり、2万8千円の還付があります。今日が手続き期限です。このあと銀行から連絡しますので、指示に従ってください」

ここで講師は、まだ「これは還付金詐欺です」と説明しません。

まず、

「あなたなら、この電話を受けたあとどうしますか?」

と問いかけます。

次に、

「このまま話を進めず、一度保留した方がいいと思うところはどこでしょう?」

と考えてもらいます。

そして最後に、

「本物か詐欺か、その場で判断できなかったとしたら?」

と問います。

ここで初めて、

「分からないなら、その場で決めなくていい」

という考え方を提示します。

知識を先に与えて正解を答えてもらうのではなく、参加者自身が「判断できない場面」を経験したあとで、必要な知識と行動原則を渡すわけです。

講座が終わったあとにも、できることがある

この講座で本当に実現したいのは、将来、不審な電話やSMS、訪問などに遭遇したときに、

「保留する・確かめる・相談する」

を実行できることです。

ただし、ここには一つ難しいところがあります。

講座が終わった直後に、都合よく怪しい電話がかかってくるわけではありません。

必要な行動が実際に起きるのは、数日後かもしれませんし、半年後かもしれません。

では、講座終了時に「覚えて帰ってください」で終わってよいのでしょうか。

今回は、そこからもう一段考えました。

将来その行動を取りやすくするために、講座のあと、すぐにできる準備をしてもらうことにしました。

たとえば、

  1. 消費者ホットライン188を電話帳やスマートフォンに登録する
  2. 怪しいときに相談する人を決めておく
  3. 家族や知人と「迷ったら相談する」と話しておく
  4. 自宅電話などの迷惑電話対策を確認する
  5. 講座で作った対処カードを、電話のそばなど見える場所へ置く

ただし、すべてを宿題にはしません。

参加者自身が、

「私がまずやること」

を一つ選びます。

さらに、「今日」「明日」「今週中」など、いつやるかまで決めます。

講座の目的は将来のトラブル場面で適切に行動できることですが、そこへ至るまでの時間も設計の対象にする。

講座で練習する → 帰ったら一つ準備する → 日常生活へ戻る → 怪しい出来事に遭遇する → 「保留する・確かめる・相談する」を使う

という流れです。

ケースを「説明」ではなく「練習」に変える

今回の講座では、三つの消費者トラブル事例を扱います。

一つ目は、市役所を名乗る還付金の電話。

二つ目は、宅配業者を装ったSMS。

三つ目は、突然訪問してくる屋根点検です。

ただし、この三つは「代表的な詐欺を三種類紹介するため」に並べたものではありません。

「保留する・確かめる・相談する」を使う練習のために配置しています。

最初の還付金電話では、参加者と講師が一緒に、

「どこで保留すればよいのか」

「判断できなかったらどうすればよいのか」

を考えます。

ここで三つの行動原則を発見します。

次のSMSでは、

「『保留する・確かめる・相談する』を使うと、この場合はどう行動しますか?」

と問いかけます。

講師の支援を受けながら、先ほど知った原則を別のケースで使います。

そして最後の屋根点検では、問いをシンプルにします。

「あなたなら、どうしますか?」

講師からの支援を減らし、自分で三つの行動を適用してもらいます。

つまり、

講師と発見する → 一緒に使う → 自分で使う

という順番です。

同じ「事例紹介」でも、役割を変えれば講座の体験は変わります。

事例そのものを覚えることではなく、事例を使って行動を練習するのです。

知識は「必要な瞬間」にだけ置く

もちろん、参加者が考えるだけで講座が成立するわけではありません。

専門家からの知識提供は必要です。

ただし、今回の設計では、

「知っておいた方がよいこと」

を順番に並べるのではなく、

「この判断や行動をするために何を知る必要があるか」

から知識を選びました。

そして、

体験する → 必要性に気づく → 知識を得る → すぐ使ってみる

という順序で配置しています。

その結果、悪質商法の種類を網羅すること、大量の統計を紹介すること、法律やクーリングオフ制度を細部まで説明することなどは、今回の60分の中心から外しました。

それらの知識に価値がないからではありません。

今回目指している行動を実現するために、この60分のどこへ何を置く必要があるのかという基準で取捨選択した結果です。

ACWDでは、知識の量だけでなく、

「その知識が、参加者のどの判断や行動を支えるのか」

を考えます。

成果物は「講座のまとめ」ではなく、日常で使う道具にする

今回、参加者が持ち帰る成果物として、

「わたしの消費者トラブル対策シート」

を設計しました。

シートには、

  1. 「保留する・確かめる・相談する」という三つの行動
  2. 自分が相談する人
  3. 消費者ホットライン188
  4. 講座後に「私がまずやること」
  5. そして、それをいつ実行するか

を残します。

さらに、シート下部は切り取り式の「わたしの対処カード」にしました。

カードには、

保留する 確かめる 相談する

という三つの行動と、自分の相談先、188を記載します。

講座が終わったら切り離し、電話のそばや冷蔵庫など、目につく場所へ置いてもらいます。

つまり、この成果物は講座内容をまとめた記念品ではありません。

講座で作る → 持ち帰る → 日常生活に置く → 怪しい出来事に遭遇したときに使う

ところまでを想定した道具です。

ACWDでは、成果物を「ワークで書いたもの」ではなく、講座後の行動を支えるものとして設計します。

PowerPointも「説明資料」ではなく、参加者体験のUIとして設計する

講座設計が変われば、投影用のスライドの役割も変わります。

今回制作したスライドでは、説明内容をできるだけ多く画面へ載せることはしていません。

たとえば、

「あなたなら、この電話を受けたあとどうしますか?」

と問いかける場面では、画面にはほぼ問いだけを表示します。

参加者が考えている時間に、別の説明文を読ませないためです。

一方、

「分からないなら、その場で決めなくていい」

という重要な転換点では、その一文を大きく表示します。

「保留する・確かめる・相談する」を説明する場面では、三つの行動を視覚的に整理します。

つまりスライドは、

「講師が何を説明するかを記録した資料」

ではなく、

「今、参加者に何を見てもらい、何を考えてもらうかを制御するUI」

として設計しています。

さらに、講座の冒頭で登場した還付金電話を、終盤でもう一度ほぼ同じ画面で提示します。

そして、

「今、この電話がかかってきたら、あなたはどうしますか?」

ともう一度問います。

同じ問題に対して、講座の最初と最後で自分の答えが変わる。

参加者自身が、講座によるBefore / Afterを体験できる仕掛けです。

講師が「どう使うか」まで設計する

ただし、スライドを作っただけでは、この講座は再現できません。

たとえば最初の還付金電話を見せた直後に講師が、

「これは還付金詐欺です。気をつけてください」

と説明してしまえば、参加者が自分で判断する体験はなくなります。

そこで今回のPowerPointには、各スライドの講師ノートも組み込みました。

ノートには、

  1. 「このスライドに何分使うか」
  2. 「この画面の目的は何か」
  3. 「どのように問いかけるか」
  4. 「参加者に何をしてもらうか」
  5. 「ここでは正解を先に教えない」
  6. 「回答を正解・不正解で評価しない」
  7. 「次のケースでは講師の支援を減らす」

といった情報まで記載しています。

画面に表示されるのは、参加者に必要な情報。

ノートに入るのは、講師がその体験を成立させるために必要な情報。

両方を分けて設計することで、講座の再現性を高めています。

同じ60分でも、講座の骨格が変わる

今回、テーマを新しくしたわけではありません。

講師が持っている専門知識を変えたわけでもありません。時間も同じ60分です。変えたのは、講座を組み立てる基準です。

一般的な知識中心の設計では、

還付金詐欺 → SMS詐欺 → 訪問販売 → 対処法 → 188 → まとめ

というように、内容が講座の骨格になります。

今回のACWDによる設計では、

現在の判断 → 行動原則を獲得する → 一緒に使う → 自分で使う → 自分の生活へ引き寄せる → 講座後の行動を決める

という、参加者の変化が骨格になりました。

整理すると、次のような違いです。

どちらか一方に知識があり、もう一方にはないわけではありません。

同じ専門知識を、何のために、どの順番で、どんな体験として提供するかが違います。

自治体・公的機関の市民向け講座にも、行動設計という考え方を

今回は消費者トラブル防止講座を事例として設計しましたが、同じ考え方はさまざまな市民向け講座に応用できます。

たとえば防災講座なら、災害について知ることだけではなく、家に帰って何を確認するのか。

健康講座なら、健康について理解することだけではなく、明日から何を変えるのか。

金融教育なら、制度を知ることだけではなく、自分の場合は何を確認し、どう判断するのか。

子育て、環境、高齢者福祉、住宅、就労支援などでも同じです。

自治体や専門家には、すでに多くの専門知識があります。

課題は必ずしも「もっと詳しく説明すること」だけではありません。

その知識を、

参加者が考え、判断し、自分の場合へ置き換え、実際の行動へつなげられる体験にすること。

そこには、講座内容とは別の「設計」という仕事があります。

専門知識を、行動につながる体験へ

良い情報を伝えれば、必ず行動につながるとは限りません。

「分かりやすかった」「勉強になった」という参加者の感想の、その先を考える。

参加者にどんな行動をしてほしいのか。

そのために何を考えてもらうのか。

何を練習するのか。

どのタイミングで知識を渡すのか。

何を持ち帰ってもらうのか。

そして、講座が終わったあとに何をしてもらうのか。

ACWD(Action-Centered Workshop Design)は、そこから逆算してセミナーやワークショップを設計します。

あなたの専門知識を、参加者の行動につながる体験へ。

現在実施しているセミナー・講座の見直しや、教材・スライドを含めた再設計についてもご相談いただけます。